【ラ・リーガ】ビジャレアルCFの本拠地「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」の特徴と行き方を紹介

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2021‐22CLで準決勝まで進出したビジャレアルCF。

本記事では、「ビジャレアルの試合を現地観戦したい!」「スペインを訪れる予定がある!」という人に向けて、ビジャレアルの本拠地「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」を紹介します。

 

ビジャレアルCF

ビジャレアルは1923年に創設され、鮮やかな黄色がクラブカラーとなっています。

 

ホームタウンである「バレンシア州ビジャレアル」は、人口約5万人というとても小さな町ですが、熱気と温かさを兼ね備えているビジャレアルファンがたくさんいます。

 

ラ・リーガでは、バルセロナやレアル・マドリードといった世界的ビッグクラブの陰に隠れていますが、2020‐21UEFAヨーロッパリーグでは、クラブ史上初の国際タイトルを獲得しました。

ちなみに、ビジャレアルは「人口が最も少ない町の欧州王者」になりました。

 

また、ビジャレアルは育成に力を入れており、数々の選手を育ててきました。

例えば、スペイン代表でも活躍し、ビッグクラブから熱視線を送られているパウ・トーレスは、ビジャレアルの下部組織出身です。

また、日本人指導者の佐伯夕利子さんは、ビジャレアルの下部組織に携わっていました。

 

 

続いて、ビジャレアルの本拠地「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」を紹介します。

エスタディオ・デ・ラ・セラミカ

エスタディオ・デ・ラ・セラミカは、1923年開場という長い歴史を持ち、地元サッカーファンの拠り所となっています。

 

収容人数は”23,500人”と決して多くはありませんが、スタジアムは温かなビジャレアルファンで埋め尽くされます。

 

エスタディオ・デ・ラ・セラミカは、これまでに2度の大きな改修が行われました。

1回目は1952年で、ヘルシンキ・オリンピックスタジアムに合わせてピッチサイズを拡張しました。

2回目は2005年で、この年初めてCLに出場することになったため、CL開催要件が満たされれるように、スタジアムを改修しました。

ちなみに、2005‐06CLは、初出場ながら準決勝進出という快挙を達成しました。

 

また、ビジャレアルという町は、セラミック業界が重要な産業となっているため、スタジアムの命名権をセラミック企業組合に譲渡しました。

かつては「マドリガル」という名称で親しまれていましたが、2017年に「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」という名称に変更されました。

 

セラミック関連企業が関わっていることもあり、スタジアムのいたるところにセラミックが利用されています。

 

続いて、「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」への行き方を紹介します。

エスタディオ・デ・ラ・セラミカへの行き方

日本からバレンシアを訪れる場合は、ヨーロッパ諸国や中東などを経由するのが一般的です。

 

「バレンシア空港」から「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」への移動は、タクシーがおすすめです。

 

エスタディオ・デ・ラ・セラミカは、バレンシア空港やバレンシア中心部から少し離れた場所に位置しているため、初めて訪れる人は、乗り換えなどがないタクシーが無難だと思います。

ただ、タクシーの場合は、やや割高なので自分の財布と相談してください。

 

メトロなどの公共交通機関を利用すること出来ますが、2時間以上かかる場合がありますので、時間に余裕をもって行動する必要があります。

 

 

また、エスタディオ・デ・ラ・セラミカ周辺は、宿泊施設があまり充実していないので、バレンシア中心部の宿泊施設を探した方が良いと思います。滞在費を極力抑えたい場合は、様々な予約サイトの値段を一括で比較できる【ホテルズコンバインド】がおすすめです。

 

まとめ

セラミック企業「パメサ・セラミカ」会長でビジャレアルのオーナーでもあるフェルナンド・ロッチは、クラブへの投資を惜しまず、素晴らしいスタジアムを作り上げました。

ビジャレアルは、ロッチ会長の経営手腕と自慢の下部組織を武器に、さらなる飛躍が期待できます。

スペインを訪れる際は、是非「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」に立ち寄ってみてください。

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